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「杜の都」仙台の「宝」が又失われた(愛宕堰下流中洲)
2009/12/24(Thu)
 昨日、宮沢橋付近を通ると、広瀬川の愛宕堰下流中洲が大きく削られていた。青葉山からは少し離れるが、「会」として長年係わってきた所なので(青葉山の生態系を太平洋まで繋ぐ貴重な「回廊」として、「広瀬川管理協議会」にも参加)、ここでも一言言わなければならない。
 この十数年間、私達が動植物調査を繰り返し、広瀬川沿岸緑地の生態系の貴重さを示しながら、「協議会」等で話し合いながら積み重ねてきた結論が「中洲・寄洲の全面撤去」とは、何の為の時間や労苦だったのか、空しいばかりだ。 「緑の帯」は、昆虫や小動物、野鳥の移動経路兼住処となり、それを追って獣や猛禽がやって来る。中でも中洲は、野生鳥獣の聖域となり、数多くのウグイス、アオジ、キジ、ノネズミ、イタチ、タヌキ等々の生物達が繁殖・生息し、オオタカやノスリ等が一年中狩場としていた。今回破壊された愛宕堰下流中洲の下島は、柳類を主とした森が残され(上島の森は既に殆ど伐採済み)、ゴイサギの主要繁殖地ともなっていた。
 県土木事務所による当初の計画では「中洲・寄洲のスリム化(原文通り)」であり、縁部を削り、生態系にも配慮する筈だったが、大雨時の最高水位予測では水増しした誤った数値を示しながら(当会の指摘で後に訂正)、流速抑制の役割も全く無視して、「流木による橋脚破壊」等の危険性のみを住民に煽り続け、「全面撤去」の結論を導き出した訳だ。
 戦前の「中洲・寄洲のなかった川に戻すべき」との意見もあるが、それは大倉ダム建設以前の、水量豊かな時代の話で(水量を回復させる施策の方が先決)、その頃には河川の周囲や市街地にも緑が溢れ、仙台市の鳥カッコウの生息環境も十分に整っていた(主に河川管理工事により地域的絶滅)。今では中洲・寄洲以外に、何所に自然緑地があると言うのか。「杜の都」の象徴ともいうべき広瀬川の緑地を撤去する事は、どう言い逃れようと「自然の大破壊」であり、「杜の都」の看板の放棄だ。管理担当者とのやり取りの中で、認識が余りにも低俗すぎる「広瀬川に自然はいらない」「お前らは青葉山に引っ込んでいろ」と言われた言葉は一生忘れられない。又、青葉山で史上空前の破壊が行われているこの年に、何故広瀬川もなのだろうか。一時・大規模な自然破壊が何を齎すのか、誰だって簡単に解る事なのに。
 「多自然型の川造り」が叫ばれ、近自然工法による護岸の緑化が世界的に急速に広まりつつあるこの時代に、この「杜の都」で真逆の施策や工事がまかり通るとは、とても許し難い事だ。万が一、危険性を考慮した全撤去の結論が示されたとしても、まともな計画者ならば、周囲に代替緑地を確保する義務と責任を感ずる筈だし、まして、「杜の都」の市民であるとの自覚が少しでもあれば、こんな乱暴な結論は絶対に出せない。
 今からでも遅くはないのだから、「命の道」としての緑地を数m幅でも残し、中洲・寄洲の生物達の聖域としての藪地の帯を護るべきだ。青葉山から追われ、広瀬川から追われ、声なき生物達は何所で生きれば良いのだろうか。
下島が森ごと無くなっていた 伐採された木々 中洲にはゴイサギもオシドリもカワセミも繁殖していた。この写真で何を言いたいのだろう 河岸林も無くなった.
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